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えっ、昔は埼玉県だった!?池袋から2駅の「東長崎」が歩んだ意外すぎる歴史と長崎村の秘密

東長崎を歩いていると、ふと昔ながらの農村の面影や、古くから続くお祭りに出会うことがあります。実はこのエリア、江戸時代から「長崎村」と呼ばれるのどかな農村でした。しかも、明治時代の初めにはなんと「浦和県(現在の埼玉県)」の一部だった時期もあるんです!
今回は、そんな東長崎(豊島区長崎エリア)がどのような歴史を辿って今の魅力的な街になったのか、時代を追って詳しくひも解いていきます。

1. なぜ「長崎」?名前のルーツは鎌倉時代にあり!

そもそも、東京にあるのになぜ「長崎」という地名なのでしょうか? これには大きく2つの説があります。1つは、鎌倉時代に執権・北条氏に仕えていた「長崎氏」という武将の領地だったからという説。もう1つは、地形が岬のように長く突き出していた(長い崎)からという説です。

江戸時代に入ると、この辺りは正式に「長崎村」と呼ばれるようになりました。当時から農業が盛んで、江戸市中に野菜などを供給する近郊農村として栄えていたそうです。元禄時代(1600年代後半)から長崎神社で伝承されている「獅子舞(豊島区指定無形民俗文化財)」は、当時の農民たちが雨乞いや悪疫退散を願って始めたもので、今も毎年5月に見ることができます。

2. 激動の明治維新!長崎村、まさかの「埼玉県(浦和県)」になる

江戸幕府が倒れ、明治新政府が誕生した直後、長崎村は非常に複雑な運命を辿ります。ここがこの記事の最大の驚きポイントです!

1868年(明治元年)に「江戸」は「東京」へと名前を変え、東京府が誕生しました。しかし、長崎村はすぐには東京府に入れませんでした。

  • 1868年(明治元年):最初は「武蔵知県事(むさしちけんじ)」という別の役所の管轄に置かれます。
  • 1869年(明治2年):なんと「大宮県(のちの浦和県=現在の埼玉県)」に編入されます!つまり、東長崎周辺は一時的に埼玉県だったのです。
  • 1871年(明治4年):廃藩置県の大改革に伴い、浦和県から念願の「東京府」へと編入されました。

こうして数年間の紆余曲折を経て、長崎村は晴れて東京の仲間入りを果たしました。

3. 鉄道の開通と関東大震災。農村から「住宅街」へ

長崎村の風景が激変するきっかけとなったのが、鉄道の開通です。 1915年(大正4年)、現在の西武池袋線(当時は武蔵野鉄道)が開通し、駅が作られました。この時、すでに九州に「長崎駅」があったため、間違えられないように「東にある長崎=東長崎駅」と名付けられたのは有名なエピソードです。

さらに、1923年(大正12年)の関東大震災をきっかけに、被害の大きかった都心部から、地盤が強くてのどかな長崎村へと多くの人が移り住んできました。急激に人口が増え市街地化が進んだことで、1926年(大正15年)には村から「長崎町」へと昇格します。

4. そして豊島区へ。若きクリエイターが集う文化の街

昭和に入ると、さらに街は大きく発展します。 1932年(昭和7年)、東京市が周辺の町村を吸収合併して拡大した際、長崎町は隣接する巣鴨町・西巣鴨町・高田町と合併し、現在の「豊島区」が誕生しました。ここでようやく、今の「豊島区長崎」という住所の原型ができあがります。

戦前から戦後にかけて、このエリアには「アトリエ村」と呼ばれる貸家群が次々と建てられました。家賃の安い東長崎周辺には日本中から画家や彫刻家の卵たちが集まり、のちに手塚治虫や藤子不二雄などの漫画家たちが集った伝説の「トキワ荘」(南長崎)がこの地に誕生したのも、こうした「若きクリエイターを受け入れる下地」が長崎の街に根付いていたからだと言われています。

5. 東長崎駅ってどんなところ?歴史と東西の特徴、駅に隠された「鐘」

西武池袋線の東長崎駅は、1915年(大正4年)に開業した歴史ある駅です。

【東口と西口(北口・南口)の特徴】
駅周辺は、大きく分けて東西(主に北口と南口)でそれぞれ異なる顔を持っています。南口(西側方面)は活気ある商店街が広がり、下町情緒たっぷりの個人商店がひしめき合うエリア。一方、北口(東側方面)は少し落ち着いた雰囲気の商店街と、閑静で歩きやすい住宅街が広がっており、どちらを歩いても飽きない面白さがあります。

【駅名「東長崎」のいきさつと「東」の意味】
開業当時、この辺りは「長崎村」と呼ばれていました。しかし、駅名を決める際、すでに九州の長崎県に「長崎駅」が存在していたため、間違えられないように「東(関東・東京)にある長崎」という意味を込めて「東長崎」と名付けられたという経緯があります。

【駅舎を見上げてみて!長崎県にちなんだ「鐘」】
駅名のご縁もあって、実は東長崎駅の駅舎の屋根には、長崎市の「アンジェラスの鐘」を模した立派な「鐘(カネ)」が設置されています。駅を利用する際は、ぜひ上を見上げてみてくださいね!

6. 街の雰囲気:雨の日も安心のアーケードと昭和レトロな商店街

東長崎の街の魅力は、なんといっても歩きやすくて温かみのある商店街です。通りにはアーケードやアーチが設置されている場所もあり、雨の日や日差しの強い日でもお買い物がしやすいのが嬉しいポイント。

チェーン店ばかりではなく、昔ながらの八百屋や惣菜屋さんが元気に営業しており、歩いているだけでお肉を揚げる良い匂いや、お店の人とお客さんの賑やかな会話が聞こえてきます。

7. 【動画あり】街のBGMは電車の音。どこか懐かしい東長崎の駅風景

昭和レトロな商店街や人情味あふれるカルチャーに加えて、東長崎の街を歩いていると欠かせないのが「電車の音」です。

池袋からたったの2駅という都心にありながら、地上を走る西武池袋線の踏切が街の真ん中にあり、「カンカンカン…」という踏切の響きや、「ガタンゴトン」と電車が走り抜ける軽快な音が、心地よい街のBGMとして日常に溶け込んでいます。

この少しノスタルジックで、どこかホッとする東長崎の「街の音」を動画に収めてみました。ぜひ音声をオンにして、のんびりとした街の空気感を感じてみてください!

8.商店街を見守る小さな守り神。長崎銀座の「笠間稲荷神社」

東長崎の活気ある南口の商店街(長崎銀座商店会)をのんびり歩いていると、通りの中程でふと街並みに溶け込むように現れる小さな赤い鳥居と祠(ほこら)。それが「笠間稲荷神社」です。

ここは茨城県笠間市にある、日本三大稲荷の一つとして有名な「笠間稲荷神社」の分社(分霊)にあたる、地域密着型の「街のお稲荷さん」です。

【どんな神様が祀られているの?】 お祀りされている御祭神は、「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」という神様です。古くから五穀豊穣、そして「商売繁盛」の神様として日本中で広く信仰されています。

【商店街のど真ん中に赤い鳥居?日常に溶け込む「下町の守り神」】この神社の最大の特徴は、なんといっても「商店街の日常風景のなかに、ごく自然に存在していること」です。決して広大な敷地を持つ立派な神社というわけではありませんが、それがかえって下町情緒あふれる東長崎らしさを引き立てています。

昭和の時代から現在に至るまで、商店街でお店を営む人々の「商売繁盛」と、買い物に訪れる地元の人々の「安全」をずっと一番近くで見守り続けてきました。朝、お店を開ける前にそっと手を合わせる店主さんや、お散歩ついでにお辞儀をしていくお年寄りなど、今も地域の人々に大切に手入れされ、愛されています。美味しいケーキ屋さんやお惣菜屋さんを巡る途中に、ぜひ立ち寄ってご挨拶してみてはいかがでしょうか。

9.東長崎の歴史を静かに語る、珍しい北向きの「五郎久保稲荷神社」

東長崎駅の南口から歩いて5分ほど、住宅街の一角にひっそりと、しかし確かな存在感を持って鎮座しているのが「五郎久保稲荷神社(ごろくぼいなりじんじゃ)」です。 実はここ、神社の境内でありながら小さなスプリング遊具が置かれており、「南長崎五丁目稲荷神社仮児童遊園」として地域の子どもたちや親御さんの憩いの場にもなっています。

【どんな神様が祀られているの?】 お祀りされているのは、稲荷神社でおなじみの「五穀豊穣」や「商売繁盛」の神様です。しかし、この五郎久保稲荷神社は古くから、特に「火災災害などの厄除け」に強いご利益があるとして、地元の人々に厚く信仰されてきました。(境内には鎮火や開運の神様として知られる群馬の「榛名神社」の末社も祀られています)

【全国でも激レア?異例の「北向き」と、江戸時代から続く長崎村の記憶】 この神社の最大の魅力は、その名前に刻まれた「東長崎の歴史」と、全国でも珍しい「北向き」の造りです。

「五郎久保」という少し変わった名前は、江戸時代にこの辺りが「武蔵国豊島郡長崎村字五郎久保」と呼ばれていたことに由来します。境内に置かれている手水鉢(手を清める鉢)には「天保6年(1835年)」の文字が刻まれており、東長崎がのどかな農村だった時代から、ずっとこの地を守り続けていることがわかります。

また、日本の神社は南向きや東向きに建てられるのが一般的ですが、こちらは全国でも非常に数少ない「北向きに建てられたお稲荷さん(北向稲荷)」という珍しい特徴を持っています。 昔から地元の氏子(うじこ)さんたちに大切に守られており、秋のお祭りはもちろん、時には境内でバザーや大喜利ライブといったユニークなイベントが開かれることも。江戸時代の「長崎村」の面影を感じながら、地域の人々の暮らしに自然に溶け込む、とても温かいパワースポットです。

10.街を支える2大地主と、東長崎に「借地」が多い本当の理由

東長崎の住宅街を歩くと、ハッとするほど大きなお屋敷や「借地権(地主さんから土地を借りて家を建てる権利)」の物件が多いことに気づくかもしれません。 実はこの街には、駅を挟んで街の発展を見守ってきた「足立さん」と「岩崎さん」という地元で有名な大地主が存在します。なぜ東長崎には借地が多いのか、その歴史的なルーツに迫ります。

巨大なお屋敷で知られる「岩崎家」

南長崎エリアに広大な敷地を構えるのが「岩崎さん」です。駅前の「アイテラス落合南長崎」の土地も岩崎さんの所有と言われています。「三菱財閥の岩崎家?」と噂されることもありますが、実は全く別の名家。お中元やお歳暮の時期にはお屋敷の一部が配送センターのようになるなど、そのスケールの大きさは地元のちょっとした名物です。

街のカルチャーを牽引する「足立家」

もう一方の巨頭が、江戸時代から9代も続く名家「足立さん」です。現在の当主は自ら街づくり会社を立ち上げ、古い建物をリノベーションして人気カフェ「MIA MIA(マイアマイア)」を誘致するなど、今の東長崎の「おしゃれで温かいカルチャー」を裏から牽引する仕掛け人でもあります。

なぜ東長崎には「借地」が多いのか?

その答えは、約100年前の「関東大震災」にあります。 当時、のどかな農村だったこの地に、震災で被害を受けた都心部から大量の人が避難してきました。急激な人口増加に合わせて、地主たちは広い農地を細かく区画割りし、「土地を売る」のではなく「貸地」として家を建てさせました。これが、今も東長崎周辺に借地の一戸建てが多い直接的な理由です。

借地だからこそ生まれた「トキワ荘」の奇跡

実は、この「借地が多い」という歴史が、東長崎を文化の街へと押し上げました。 土地を所有せず借りる形だったため家賃相場が安く抑えられ、戦前戦後にかけてお金のない若き芸術家の卵たちが集まりやすい環境でした。手塚治虫や藤子不二雄ら巨匠が集った伝説のアパート「トキワ荘」がこの地に誕生したのも、安く住める貸地が豊富にあったからこそ生まれた奇跡なのです。

今回は、駅の歴史や長崎県にちなんだ小ネタから、随時更新の「名物グルメ&スポットランキング」まで、この街のディープな魅力をたっぷりとご紹介します!

La Vie Ensemble(ラヴィアンサンブル)(ケーキ・洋菓子)

池袋のデパ地下超え!?地元民が目撃した「進化する」話題の絶品パティスリー。 2021年にオープンして以来、東長崎のスイーツ界を牽引している大人気のお店です。

実は地元民としてこっそり裏話をすると……オープンしたての頃に一度ケーキを買った時は、「あれ、期待していたより普通かな…?」と少しだけ肩透かしを食らったんです(笑)。ところが、しばらくして再訪してみてびっくり!日々の研究と努力の賜物なのか、驚くほど美味しく大進化を遂げていたんです。

今では「池袋の西武や東武で買うデパ地下スイーツよりも断然美味しい!」と評価するほどの圧倒的なクオリティに。洗練された美しいケーキや焼き菓子は、自分へのご褒美にはもちろん、手土産に持っていくと絶対に喜ばれます。

今、一番胸を張っておすすめできる東長崎スイーツの至宝です!

肉の天野屋(あまのや)(精肉・惣菜)

地元民を悩ませる(?)大人気ぶり!東長崎の食卓に欠かせない老舗のお肉屋さん。 新鮮なお肉はもちろん、お店で揚げてくれるジューシーなメンチカツやコロッケが本当に絶品で、私もすっかり胃袋を掴まれている名店です。

ただ、東長崎の地元民としてこれだけは個人的な「嘆き」として言わせてください(笑)。 実は最近、お店のお昼休憩がけっこう長めで、「よし、今日のお昼はあまのやのお惣菜にしよう!」とウキウキして向かうと、ちょうど休憩中でお預けを食らうことがしばしば…。 「それなら夕飯に!」と夕方遅くにリベンジに向かうと、今度は大人気のからあげやとんかつ、コロッケがほとんど売り切れてしまっているんです!空っぽのショーケースを前に、何度悔しい思いをしたことか…。

でも、それだけ地元の人がこぞって買いに来るほど美味しいという裏返しなんですよね。確実に絶品のお惣菜をゲットしたい方は、お昼休みの時間をしっかりチェックして、商品が揃っている早めの時間帯を狙うのが絶対におすすめです!

おもちゃの「ぶんぶく」(おもちゃ屋)

昭和42年創業!全国大会を目指すちびっこ達の「聖地」であり続ける老舗おもちゃ屋。 東長崎の子供たちのオアシスといえば、ここ「ぶんぶく」です。昭和42年(1967年)から続く昔ながらの温かいおもちゃ屋さんで、私がまだ小学生だった頃からずっと変わらずこの街の子供たちを見守り続けてくれています。

店先には最新のおもちゃから懐かしのグッズ、さらにはレトロなゲーム機まで並んでいて、大人になった今でもお店の前を通るだけでワクワクしてしまいます。

そして実は今、このお店はちょっとすごい事になっているんです。土日やイベントの日になると、お店主催のカードゲーム大会などが開かれており、お店の前には老若男女問わず大行列が! 私が子供の頃はミニ四駆などで盛り上がったものですが、今では「全国大会を目指すちびっこ達の聖地」として、真剣な眼差しをした子供たち(そして大人たちも!)が集まる熱いスポットになっています。

いつまでもこの平和で活気ある街の風景を残してほしいと、地元民として心から応援している大切なお店です。

西友 東長崎店(スーパーマーケット)

トライアルとの合併で劇的進化!まだ行っていない人は絶対に損をするコスパ最強スポット。 駅前にあるお馴染みの西友ですが、「最近中に入っていないな」という方はもったいない!実はトライアルと合併したことで、お惣菜やお弁当のラインナップが驚くほどパワーアップしているんです。

特に注目していただきたいのが、新しく登場したお弁当やパンの「圧倒的なボリュームと安さ」です!

写真の「ロースかつ重」は、枕崎産かつお節のお出汁がしっかり効いた本格派なのに、なんと277円(税抜)!そして名物の「白いたっぷり玉子サンド」は、卵を丸ごと3個分も使用。パンの柔らかさにこだわり抜いた一品で、185円(税抜)という驚異のお値段で売り出されています。

「安いだけじゃなくて…?」と思うかもしれませんが、味も本当に美味しくて大満足間違いなし!今や地元でも大人気となっており、時間帯によっては早く行かないと売り切れて棚が空っぽになっていることもあるほどです。 今日のランチやちょっとした夕飯のおかずに迷ったら、ぜひ生まれ変わった西友のお惣菜コーナーを覗いてみてくださいね!

これで、お写真のインパクトに負けない魅力的な紹介文になりました!お写真とセットで掲載されると、間違いなく読者の目を引く人気コーナーになると思います。

中華料理 松月(町中華)

これぞ東長崎が誇る奇跡!昭和価格で“腹パン確定”の老舗町中華。 東長崎のグルメを語る上で、絶対に外してはいけないのがこの「松月」です!地元民の胃袋を長年支え続けている昔ながらの町中華なのですが、ここの魅力はなんといっても「時代がバグっているのでは?」と疑いたくなるほどの圧倒的なコスパです。

特に私が(そして地元民みんなが)愛してやまないのが、名物の「上チャーハン」です。 普通のチャーハンとの価格差はほんの少しなのに、「上」にするとなんと巨大な唐揚げが5個もドーンと乗ってくるという斜め上のサービス!ラードが香る美味しいチャーハンに、外はサクッと中はジューシーな絶品唐揚げ。あまりの美味しさに夢中で書き込んでしまうのですが、食べ終わる頃には見事に「腹パン(お腹パンパン)」になって動けなくなります(笑)。

これだけのボリュームと美味しさなのに、「果たしてこれで採算が取れているのだろうか…?」と、食べるたびにこちらが勝手に心配になってしまうほど。 お店を切り盛りしているのは、いつも笑顔でとっても仲の良い老夫婦です。お二人の温かいお人柄と、厨房での阿吽(あうん)の呼吸で作られる料理の数々を味わっていると、お腹だけでなく心までほっこりと満たされます。

今どき、このボリュームを昭和から変わらぬ価格と愛情で提供してくれるお店は本当に貴重。ぜひお腹をペコペコに空かせてから行くことをおすすめします!

▼ その衝撃のボリュームと、仲良しご夫婦が営む昭和レトロな店内の様子は、こちらの動画でぜひご覧ください! (東長崎老舗町中華『松月』で昭和価格唐揚げ5個つき大盛りチャーハンに腹パンになる❣)

駅前のたばこ屋さん

駅前の一等地を守る!三兄弟のおばあちゃんが営む、義理人情にあふれた大家さん。 新しく綺麗な駅舎になった東長崎の駅前で、まるでここだけ時間が止まったかのように佇む昔ながらのたばこ屋さん。対面販売の小さな窓口や常連さんとの世間話といった光景は、たばこを吸わない私にとっても「今日も街が平和だな」とホッとするノスタルジックな目印です。

お店を昔から切り盛りしているのは、いつも仲良くお店番をしている三兄弟(姉妹)のおばあちゃんたち。ちょこんと座って行き交う人々を見守ってくれている姿は、まさに東長崎の日常風景そのものです。

そして、地元民ならではの裏話をこっそりお教えすると……なんとこのおばあちゃんたち、お店が入っている駅前のマンションの「大家さん(持ち主)」でもあるんです! 現在、空いているテナントの入居募集をしているのですが、ここでおばあちゃんたちならではのエピソードが。以前、新しくコーヒー屋さんがテナントに入りたいという話があったそうなのですが、「すぐ隣に別のコーヒー屋さんがあるから」という理由で、なんと入居をお断りしたんだとか!

自分のテナントの利益よりも、一緒に街を作ってきたご近所さんとの関係を優先する。そんな昭和の「義理人情」が令和の今でもしっかり生きているからこそ、この景色がいつまでも残ってほしいなとどこかホッとしてしまいます。前を通るたびに街の温かさを感じさせてくれる、最高に素敵なお店です。

スナック 京子(老舗スナック)

奇跡の復活!地元の飲食店がタッグを組んだ、日替わりオーナーのユニークな夜のオアシス。 東長崎の夜を語る上で欠かせないのが、長崎銀座商店街の通りでひと際レトロでディープなオーラを放つ「スナック 京子」。なんと50年以上もこの場所で地元の紳士淑女に愛されてきた老舗なのですが、実はここ、最近「東長崎の人情と絆」を感じさせる熱いドラマがあったんです!

地元民ならではの胸アツな裏話をご紹介しますね。長年お店を切り盛りしていた先代のオーナーさんが引退され、実は一度、惜しまれつつもお店のシャッターが下ろされた時期がありました。長年の灯りが消えて街が少し寂しくなっていたのですが……なんとその後、すぐ隣にある飲食店「さんずい」さんと、北口にある居酒屋「酒と肴 ソノモノ」さんがタッグを組み、共同経営という形で「京子」の看板を見事に復活させてくれたんです!

さらに大注目なのが、復活後の現在のシステム。なんと「日替わりでオーナー(ママやマスター)が変わる」という、とってもユニークな営業スタイルを取り入れているんです!行く日によってカウンターに立つ人が違うため、毎回違った雰囲気や会話が楽しめるという、新しいスナックの形として生まれ変わりました。同業の飲食店同士が協力して街の老舗を守りつつ、こんな面白くて新しい風を吹き込むなんて、本当に粋な連携プレーですよね。

夜になると、そんな温かい想いが詰まったお店から、今日も楽しげなカラオケの歌声が商店街に漏れ聞こえてきます。初めての時はあの扉を開けるのに少しだけ勇気がいるかもしれませんが、一歩足を踏み入れれば、そこは昭和のレトロな空間と新しい活気が交差する最高のアットホーム空間。「今日は誰がお店に立っているかな?」とワクワクしながら、東長崎のディープで温かい夜をぜひ体験してみてください!

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