
ところが実際に乗り換えると、一度改札を出て、駅と駅の間にある商店街を歩きます。 初めてだと「本当にこの道で合ってる?」と感じるような、ちょっと珍しい乗り換えです。
しかも調べてみると、単に「駅が離れている」というだけではなく、 1917年にできた秋津駅と、56年後の1973年にできた新秋津駅が、別々の時代・別々の路線として誕生したという歴史が見えてきます。
現在の約400mの乗換ルート、地元でよく聞く「商店街が反対したから?」という話、JRと西武を結ぶ連絡線、そして2030年代前半を目標とする新しい乗換通路まで、順番に整理します。
先に結論|2駅は最初から一体の乗換駅として造られたわけではない
秋津駅と新秋津駅が離れている基本的な理由は、 最初から一体の乗換駅として計画・開業したわけではないことです。
1917年に開設。新秋津駅より56年早く、この地域の駅として存在していました。
1973年、武蔵野線の開業と同時に誕生。すでにあった秋津駅とは別の線路と駅設備に合わせて造られました。
- 秋津駅が1917年に先に開設されていた
- 新秋津駅は56年後、武蔵野線上の別駅として開業した
- 開業時から両駅の改札・ホームを直接結ぶ乗換通路はなかった
2本の線路は近くで交差していますが、駅舎や改札はそれぞれの路線に合わせて設けられました。 その結果、駅の外を歩く乗り換えが現在まで続いています。
秋津駅は1917年からあった
西武池袋線の前身である武蔵野鉄道は、1915年に池袋―飯能間を開業。 秋津駅が開設されたのは、その2年後の1917年(大正6年)です。
当時は現在のJR武蔵野線も新秋津駅もなく、秋津駅は将来のJR線との乗り換えを前提に造られた駅ではありませんでした。 新秋津駅ができた時点で、秋津駅の線路と駅の位置はすでに半世紀以上定着していたことになります。
開業当時の写真ではありませんが、2000年代の秋津駅の姿を確認できる記録写真が残っています。
新秋津駅は1973年、武蔵野線とともに誕生
JR武蔵野線の府中本町―新松戸間は、1973年(昭和48年)4月1日に開業。 新秋津駅も、このとき国鉄の駅として開業しました。
武蔵野線は、西武池袋線とは異なる時代・役割・線形で建設された路線です。 そのため、新秋津駅も既存の秋津駅へ駅舎を寄せて一体化する形ではなく、 武蔵野線の線路上にある別の駅として設けられました。
| 比較 | 秋津駅 | 新秋津駅 |
|---|---|---|
| 路線 | 西武池袋線 | JR武蔵野線 |
| 開設・開業 | 1917年 | 1973年 |
| 誕生した順番 | 先に存在 | 56年後に開業 |
| 現在の乗り換え | それぞれの改札を出て、駅間の道路・商店街を歩く | |
現在の乗り換え|改札間約400m、ホーム間約600m
JR東日本と西武鉄道の2026年の発表では、両駅の改札間は約400m。 ホームからの移動を含めた総移動距離は約600mで、乗り換えには約8分を要するとされています。
改札間
総移動距離
現在の移動時間
乗換経路は駅構内ではなく、飲食店や小売店が並ぶ一般の道路です。 東村山市も、両駅の間にある商店街が駅構内のように機能する珍しい構造と紹介しています。
途中で食事や買い物ができるのは秋津らしい魅力ですが、 朝夕の混雑時には多くの人が通り、雨の日は傘を差しながらの移動になります。 歩道と車道が十分に分かれていない場所もあり、利便性と安全性は長く課題になってきました。
- 西武線は編成の中ほどがひとつの目安。 秋津駅の階段・エレベーター・エスカレーターは編成の中ほどに集まっています。 10両編成ならおおむね4〜6号車付近、8両編成なら3〜5号車付近を目安にしつつ、ホームの案内表示も確認してください。
- JR新秋津駅は6号車前後がひとつの目安。 公開されている停車位置情報では、改札へ上がる階段・エスカレーターは6号車付近、エレベーターはホームによって6〜7号車付近が目安とされています。 大きな荷物やベビーカーの場合は、現地でエレベーター位置を優先して確認すると安心です。
- キャリーケース・ベビーカー利用時は余裕を。 公式に示されている移動時間は約8分ですが、混雑や道路状況を考えると、記事上の目安としてさらに5分ほど余裕を見ておくと安心です。
- 急いで走らない。 朝夕は乗換客の流れが速くなることがありますが、一般道路を通るため、接続時間には余裕を持つのがおすすめです。
夕方に歩くと、焼き鳥の煙とタレが焦げる香り、その先では総菜やパンの香り……。 私にはこの道が「誘惑のストリート」に見えます(笑)。 お腹が空いていると、寄り道せず歩き切るのがなかなか大変です。
ただ、雨の日は狭い道で傘同士がぶつかりそうになることもありますし、 朝夕は電車が着くと同じ方向へ人の流れが一気に動いて、 「無言の競歩大会みたい!」と思うほど速いことも。 周りにつられて急ぐより、最初から乗換時間に余裕を持つのがいちばん安心だと思います。
地元目線で見ると、乗換ルートそのものが街になっている
この約400mは、ただ「駅と駅の間を歩く道」ではありません。 飲食店、総菜、パン、スイーツ、居酒屋などが並び、 乗り換えの途中でそのまま買い物や食事ができるのが秋津らしいところです。
秋津駅の公式住所は東京都東村山市ですが、周辺には清瀬市と埼玉県所沢市も近接しています。 さらに乗換通りには、BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」でも紹介された 「やきとり野島」など、立ち寄りたくなる店があります。 「乗り換えるだけ」の場所なのに、街の個性がかなり濃いのがこのルートです。
「商店街が反対したから離れている」は本当?
秋津駅と新秋津駅について調べると、 「連絡通路を造ると商店街の客が減るため、地元が反対した」という話を見聞きすることがあります。
2駅が最初から離れた位置に造られた理由と、 その後に専用連絡通路が実現しなかった理由は、同じ問題ではありません。
秋津駅は1917年、新秋津駅は1973年の開業です。 2駅の位置が別々になった基本的な背景は、異なる時代に異なる路線として造られたことにあります。
一方、後年の連絡通路をめぐって商店街への影響が話題になった可能性はありますが、 今回の記事で参照している鉄道会社や自治体の公表資料だけでは、 「商店街の反対が、2駅を離して造った決定的な原因」とまでは確認できません。
そのため、この記事では地元で語られる説の一つとして触れつつ、事実としては断定しません。
実はJRと西武の線路はつながっている
乗客は商店街を歩いて乗り換えていますが、鉄道の線路そのものは、 新秋津駅と西武線の所沢駅の間にある連絡線でつながっています。
この連絡線は、新しい車両の搬入や、西武多摩川線で使用する車両の検査に伴う輸送などに使われてきました。 普段の通勤電車が直接乗り入れるための線路ではありませんが、 「駅は離れているのに、線路はつながっている」という面白い場所です。
西武鉄道の会社史では、1976年に所沢―新秋津間の貨物連絡設備が完成し、 貨物の中継を新秋津駅へ変更したことが記録されています。
新造車両の搬入や西武車両の甲種輸送は鉄道ニュースでも取り上げられ、 新秋津がJR線と西武線の車両を受け渡す重要なポイントであることが分かります。 撮影する場合は、立入禁止区域へ入らず、通行や駅利用者の妨げにならないよう安全第一で楽しみたいところです。
2駅の歴史を年表で確認
武蔵野鉄道の池袋―飯能間が開業。現在の西武池袋線の基礎ができました。
秋津駅が開設。この時点では武蔵野線も新秋津駅もありません。
武蔵野線の府中本町―新松戸間が開業し、新秋津駅が誕生。秋津駅とは駅外を歩く乗り換えになりました。
所沢―新秋津間の貨物連絡設備が完成。JR側と西武側を結ぶ連絡線が車両輸送などに使われるようになります。
JR東日本と西武鉄道が、臨時列車の直通運転と、新秋津駅―秋津駅間の乗換通路整備で合意したと発表しました。
既存の連絡線を活用した観光向け臨時列車の直通運転開始を予定しています。
雨に濡れにくい全天候型・バリアフリーの新しい乗換通路の供用開始を目指して検討が進められます。
2030年代前半を目標に、新しい乗換通路へ
2026年5月、JR東日本と西武鉄道は、両社の所有地を活用して 新秋津駅と秋津駅を結ぶ乗換通路を整備する方針で合意しました。
計画されているのは、利便性と安全性を高める 雨などに濡れにくい全天候型のバリアフリールート。 2030年代前半の供用開始を目指して検討が進められるとされています。
- 雨や雪の日でも乗り換えやすくなる
- 車と歩行者が近い現在の道路を通らずに移動しやすくなる
- エレベーターなどを含むバリアフリー化
- JR線と西武線の乗り換えが、より分かりやすくなる
現在の商店街経由のルートがすぐになくなると決まったわけではありません。 新通路ができたとき、人の流れと街の雰囲気がどう変わるのかも今後の注目点です。
よくある疑問
公式発表では改札間が約400m。ホームからの移動を含めると約600mで、移動時間は約8分とされています。
現在は改札内で直接乗り換えられません。それぞれの改札を出て、一般の道路と商店街を歩きます。
すでに西武線に秋津駅が存在していたため、後から開業した国鉄側の駅には「新」が付けられました。
秋津駅は編成の中ほどを目安にすると南口へ移動しやすく、 新秋津駅は公開されている停車位置情報では6号車前後がひとつの目安です。 設備・進行方向・ホームによって変わるため、最終的には現地の案内表示を確認してください。
乗り換え自体は可能ですが、駅間には歩車分離されていない道路があります。 公式の約8分ぴったりで考えず、混雑時や大きな荷物がある場合は時間に余裕を持つのがおすすめです。
2026年5月時点の発表では、2030年代前半の供用開始を目指して検討するとされています。 具体的な開業年や設備は今後変更される可能性があります。
参考にした主な資料
- 西武鉄道「秋津駅」
- 清瀬市「市の歴史一覧」
- 清瀬市「清瀬鉄道物語 武蔵野線編」
- JR東日本「武蔵野線39周年イベント」
- 西武鉄道「会社要覧」
- 東村山市「秋津駅・新秋津駅周辺」
- 清瀬市「野塩(のしお)」
- JR東日本・西武鉄道「直通運転・乗換通路整備に関する発表」
- JR東日本「新秋津駅」構内図・バリアフリー情報
- 電車の停車位置情報「新秋津駅」
- BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」秋津・やきとり野島
- railf.jp「西武2000系が甲種輸送される」
- 2005年の秋津駅南口(Syohei Arai/CC BY-SA 4.0)
- 2007年の秋津駅北口(Rsa/CC BY-SA 3.0)
- 2012年の新秋津駅(DAJF/CC BY-SA 3.0)
- 2013年の駅間商店街(京浜にけ/CC BY-SA 3.0)
新乗換通路の供用時期、ルート、設備などは検討中です。 最新情報はJR東日本、西武鉄道、関係自治体の公式発表をご確認ください。
秋津駅と新秋津駅が離れている基本的な理由は、 秋津駅が1917年に先に開設され、56年後の1973年に武蔵野線の新秋津駅が別の路線上に造られたことです。
2駅は一体の乗換駅として誕生したわけではなく、 現在も改札間約400m、ホーム間では約600mを歩きます。 その間の道路・商店街が、実質的な乗換ルートとして街の一部になっているのが秋津ならではの特徴です。
「離れている2駅」ではなく、「街そのものが乗換通路になった場所」 と考えると、秋津・新秋津の面白さが分かりやすくなります。
現在は、乗る位置を少し意識し、荷物がある日は時間に余裕を持つのが実用的。 そして2030年代前半を目標とする新通路が実現したとき、この独特な街の風景がどう変わるのかも楽しみです。












